教育と職業訓練は似て非なるものです。英語で言えば、EducationとTrainingとなります。これは私の個人的な解釈ですが、前者がプロセスや理論の理解を目的とし、後者が結果を出すことを目的としていると考えると違いが分かりやすいと思います。勿論個人差はありますが、よく「新卒は即戦力にならない」と言われる理由は、この教育の目的と職業訓練の目的が異なるためであり、当然と言えば当然のことです。
今の40代以上、1970年前後に生まれた世代までは、基本的に事業所が新卒者に対して職業訓練を行ってきました。終身雇用制度の中で「先輩の給料に後輩の面倒を見る手当が含まれている」という考え方が多くの事業所にあったからこそ、継続的な人材育成が可能であったと思います。
バブル期の中小企業は、大企業が大学生を青田買いしたために、苦労して採用した新卒者を丁寧に訓練して戦力にしてきました。今、社歴が30年以上の中小企業の多くは、このような経験をしています。
ところがバブル崩壊後は、終身雇用が崩壊し、年功序列に代わって成果主義の会社が増えました。その結果、先輩は後輩の面倒を見ても評価されず、その先輩も後輩もいつまで会社にいるかわからない、という状態となり、従来型の職業訓練の場が失われました。
ここで「職業訓練は誰の責任においてなされるべきか?」という質問への回答が必要となります。
本質的には個人の責任においてなされるべきでしょう。しかし、これまで事業所が職業訓練の場であったため、就職出来ないと職業訓練を受ける機会を逸してしまうという矛盾が生じます。
人材育成は国家戦略の根幹をなす以上、この矛盾を解決しなければ、どんな素晴らしい戦略を立案しても実行出来ず、絵に描いた餅で終わってしまうでしょう。
そこで私は高校の卒業要件を厳格化して、現状の普通科の教育課程を2年で詰め込み、残り1年を職業訓練に充て、高校卒業時点で社会人2年生と同レベルの人材を育成すべきだと考えています。出来れば中高一貫教育で、最初の4年で現状の中学と高校普通科の教育課程を詰め込み、残り2年を職業訓練に充てることが出来ればベストです。
高校卒業要件に職業訓練を組み込むと社会経験豊富な人材が必要となるので、社会経験の少ない「世間知らずの教師」は自然淘汰されるでしょう。
もっと言えば、旧文部省と旧労働省をくっつけて「人材育成省」とするべきだと思うのですが、旧内務省の流れを汲む労働省と、内務省の管轄外であった文部省が一緒になるのは難しいかもしれません。
「戦略は組織に従う」ではなく「組織は戦略に従う」で省庁再編が出来た時こそが、みんなの党が主張する「脱官僚支配」の具体的な姿だと私は考えています。